2022年11月03日 高松市から87番札所長尾寺まで

マーカーリスト

写真レポート


屋島御加持水

2022/11/03 08:53:10

屋島御加持水

瓦町駅近くのホテルから、84番札所屋島寺へと向かいます。
途中の潟元駅の先までは平坦で楽に走ることができますが、屋島小学校付近からは劇坂に。
自転車を押して進みますが、かなりの斜度で、数メートル進んでは足を止めていました。
途中から階段になるので、その手前に自転車を置いて歩いて屋島寺へ向かいました。
屋島御加持水は屋島寺へ向かう登山道の入口にあります。
ここからが上り坂の本番らしいのですが、加持水までもかなりの坂です。



84番札所 屋島寺

2022/11/03 09:25:15

84番札所 屋島寺

登山道には休憩する場所が何か所かありました。
自分のペースで上ることをお勧めします。
僕は一度腰を下ろして休憩しましたが、屋島寺に着くころには膝が笑っていました。
加持水から屋島寺仁王門まで1キロ弱を30分かけて上ってきました。



屋島寺 本堂

2022/11/03 09:28:15

屋島寺 本堂

屋島寺は754(天平勝宝6)年に、鑑真和上が奈良へ向かう途中に屋島に登り、普賢堂を建て普賢菩薩像を安置したのが始まりと伝わっています。
その後、815(弘仁6)年に弘法大師が北嶺にあった伽藍を現在地の南嶺に移し、十一面千手観音像を彫造し、本尊として安置したそうです。
現在の本堂は、鎌倉時代の堂の部材を使って1618(元和4)年建立されたもので、国の重要文化財に指定されています。
江戸時代には高松藩主の尊崇を得て繁栄したそうです。
現在も国有林部分を除いて、屋島山上の敷地の大部分が屋島寺の所有だそうで、かなり大きな規模だったことがわかります。



屋島寺 大師堂

2022/11/03 09:37:15

屋島寺 大師堂

屋島は、山頂が屋根のように平らな形をしていることから屋島と名付けられました。
南北に2つの嶺があり、北嶺が約282m。南嶺は約292mと起伏が緩やかな台地になっています。
その美しい景観から国の天然記念物にも指定されています。
屋島と言えば、源平合戦を歴史の授業で習ったことを思い出します。
屋島は源平合戦の中でも重要な意味を持つ戦いとなった場所で、現在も多くの史跡が残されています。



獅子の霊巌展望台

2022/11/03 10:04:15

獅子の霊巌展望台

屋島寺周辺は公園としても整備されていました。
時間に余裕があったので、展望スポットに寄ってきました。
眼下には何年か前に走ったことのある、女木島や男木島を見ることができました。
水族館もあるので、家族連れで賑わっていました。



洲崎寺

2022/11/03 11:14:50

洲崎寺

源平合戦にゆかりのあるお寺だそうで、境内には源平合戦の説明がありました。
庭は源平合戦を再現しているそうです。
「四国遍路の父」と言われている、信念和尚をお祀りしています。



八栗ケーブル

2022/11/03 11:36:00

八栗ケーブル

八栗寺へはケーブルカーを使いました。
往復1000円で15分間隔で運転されています。
八栗寺までケーブルカー沿いを自転車で自走する方もいるようですよ。



85番札所 八栗寺

2022/11/03 12:45:20

85番札所 八栗寺

ケーブルカーや車だと、道順に大師堂、本堂、納経所、仁王門に並んでいます。
注意しないと、仁王門を見逃すことになりますよ。
歩きの方は順番に並んでいます。



八栗寺 本堂

2022/11/03 11:58:15

八栗寺 本堂

829(天長6)年に弘法大師が、虚空像菩薩の真言を百万遍唱える「求聞持法」をこの地で修行していました。
7日目に明星が来影し、21日目には天から五振りの剣が降ってきたそうです。
五つの峰にその五剣を埋め鎮護として、大日如来像を刻んだことから、この山を五剣山と名づけました。
霊地だと確信した弘法大師は、お堂を建て、彫った千手観音を祀り、そこから、八つの国が見渡せたので八国寺と名づけました。
弘法大師が唐に渡る前に再び来山し、入唐求法の成否を占うために8個の焼き栗を植えられたそうです。
帰国後訪れるとすべて成長繁茂していたことから、八栗寺と改名したと伝わっています。



八栗寺 大師堂

2022/11/03 12:08:15

八栗寺 大師堂

1642(寛永19)年に、高松藩主の松平頼重が本堂を再建し、松平家の祈願寺としています。
1677(延宝5)年には、木喰(もくじき)が大聖歓喜自在天(たいしょうかんぎじざいてん)を勧請したそうです。
これ以降、聖天霊場として知られ、商売繁盛や学業成就、縁結びにご利益があると言われています。
八栗寺は初詣の参拝者がとても多く、地元の人からは「八栗の聖天さん」と呼ばれ親しまれています。



琴電335

2022/11/03 13:27:30

琴電335

道の駅源平の里むれで休憩した後、隣接している房前公園に寄ってきました。
琴平電鉄が開業に備えて1926(大正15)年に製造された335号が静態保存されていました。
2006(平成18)年に引退するまで、80年にわたり活躍していた電車です。
中にも入ることができました。



86番札所 志度寺

2022/11/03 13:38:35

86番札所 志度寺

道の駅先の房前交差点で国道から外れますが、道しるべもあるので迷うことは無いと思います。
江戸時代の発明家、平賀源内記念館が遍路道沿いにありました。
志度寺の仁王門は国の重要文化財に指定されています。
仁王像は運慶の力作と言われています。
かなりの日数をかけて走っていますが、ここで初めて自転車お遍路の方とお会いすることができました。
それも同じ神奈川県からの。少しお話して、先に進んでいただきました。



志度寺 本堂

2022/11/03 13:44:35

志度寺 本堂

志度寺は、625(推古33)年に、瀬戸内海の海洋技能集団海人族の凡園子(おおしそのこ)が霊木を刻み堂宇を建てたのが始まりだそうです。
藤原不比等が妻の墓を建立し「死度道場」と名付けたのが志度の名前の由来だそうです。
693(持統7)年に、不比等の子の藤原房前と行基が寺を拡張、学問の道場となっています。
志度寺は国の重要文化財が多いお寺として知られています。
本堂も松平頼重から寄進の江戸時代の建造物で、これも国の重要文化財に指定されています。



玉泉寺

2022/11/03 14:35:55

玉泉寺

87番札所長尾寺へは、県道3号や鴨部川沿いを進みます。
若干の上りはあるものの、ほぼ平坦な道中でした。
途中には長尾寺の奥の院の玉泉寺がありました。



87番札所 長尾寺

2022/11/03 15:50:20

87番札所 長尾寺

長尾寺は琴電長尾駅に隣接した、街の中にありました。
境内や駐車場も広く、お参りしやすいお寺でした。
お寺の周辺には、何軒か宿がありました。



長尾寺 本堂 大師堂

2022/11/03 14:55:00

長尾寺 本堂 大師堂

長尾寺は739(天平11)年に、行基が本尊の聖観音菩薩を刻んで安置したのが始まりと伝わっています。
源義経の側室の静御前が出家得度したお寺としても知られています。
伽藍は戦国時代の兵火で焼失します。
1683(天和3)年に、讃岐国高松藩初代藩主の松平頼重が堂塔を再建し、高松藩松平家の祈願寺として復興されています。
これでようやく自転車お遍路結願へリーチがかかりました。
今日は、前祝いで近くの温泉ホテルに泊まります。