2022年10月13日 55番札所から58番札所まで

マーカーリスト

写真レポート


今治駅

2022/10/13 13:56:20

今治駅

自転車お遍路、第4弾のスタートです。
飛行機、タクシーと特急を乗り継いで今治駅に到着しました。
今回は今治駅から讃岐の国まで走る予定です。



55番札所 南光坊

2022/10/13 14:03:05

55番札所 南光坊

今治市内の中心街に位置している、55番札所南光坊に向かいました。
通行量の多い国道317号側には重厚な山門がありました。
南光坊の山門は、持国天、増長天、広目天、多聞天の四天王が守っていました。
本堂と大師堂の間に道路が通っていて、駐車場も本堂と大師堂の間にありました。



南光坊 本堂

2022/10/13 14:04:50

南光坊 本堂

南光坊とも関わりが深い「別宮大山積神社」が隣接しています。
別宮大山積神社は、瀬戸内海に浮かぶ大三島にある伊予一宮「大山積神社」の別宮として703(大宝3)年に創建されたそうです。
大三島の「大山積神社」が元々札所だったそうで、島に渡って参拝するのが不便でした。
鎌倉時代に「別宮大山積神社」が前札所となり、別当寺の役割を果たし納経をつかさどっていたのが現在の南光坊だったそうです。
本尊は大通智勝如来(だいつうちしょうにょらい)で、四国霊場で唯一の本尊です。



南光坊 大師堂

2022/10/13 14:04:50

南光坊 大師堂

南光坊の大師堂は、太平洋戦争の空襲で境内の大部分の堂宇が焼失した際に、「金毘羅堂」とともに戦禍を免れた建物だそうです。
数多の焼夷弾が境内に落とされましたが、大師堂の屋根を滑り落ちました。
堂内にいた避難者全員が無事だったと伝えられています。



56番札所 泰山寺

2022/10/13 14:50:23

56番札所 泰山寺

56番札所泰山寺は今治バイパスを越えた住宅地の中にありました。
南光坊からは、ほぼ平坦ですが、交通量の多い道を進んで行きました。
駐車場はお寺から少し離れた場所にありますが、自転車はお寺脇に置くことができました。
泰山寺には弘法大師の「治水伝説」が残っています。



泰山寺 本堂

2022/10/13 14:50:23

泰山寺 本堂

この一帯は今治平野を形成する蒼社川(そうじゃがわ)の流域で、昔から稲作が盛んに行われていたようです。
弘仁年間の頃、雨期にはたびたび氾濫し、田畑や家族の命を奪われ苦悩していました。
多くの人命を奪う「人取川」と呼ばれ、悪霊のしわざと恐れられていたそうです。
川の氾濫を恐れ苦しむ住民のために弘法大師が堤防を築き、何日も祈祷をしました。
満願の日に延命地蔵菩薩が空に現れ、治水祈願が成就したことを告げたといいます。
このことをきっかけに現在の「泰山寺」が創建されたと伝わっています。



泰山寺 大師堂

2022/10/13 15:10:48

泰山寺 大師堂

泰山寺は山門が無く、仁王像は本堂と客殿の間の廊下に安置されています。
お寺の創建時に弘法大師が植えたといわれる「不忘(わすれず)の松」があり、現在は枯れてしまい切り株が残っています。
納経所には「不忘松千枚通護符」があり、水に浮かべて飲むと心と体の不安を取り除いてくれるといわれているそうです。



57番札所 栄福寺

2022/10/13 15:28:03

57番札所 栄福寺

途中で、かつて氾濫が多かった蒼社川を渡りますが、今は穏やかな流れで住民を苦しめていた川だったとは想像することができませんでした。
57番札所栄福寺は、今治市郊外の竹林に囲まれた静かな場所にありました。
「ぼくはお坊さん」の原作者の住職がいるお寺だそうです。
弘法大師が瀬戸内海の平易を祈願して護摩供をしたことから、海陸安全の神として信仰されています。



栄福寺 本堂

2022/10/13 15:28:03

栄福寺 本堂

弘仁年間(810~824年)に弘法大師が嵯峨天皇の勅願でこの地を訪れました。
当時瀬戸内海で絶えなかった海難事故をおさめるために、瀬戸内海を望む府頭山山頂で護摩法を修法したそうです。
満願の日に、海は凪ぎ、海上に阿弥陀如来が来臨されました。
そこで弘法大師は、山頂にお堂を築き「阿弥陀如来像」を本尊として安置したのが、栄福寺の始まりと伝わっています。



栄福寺 大師堂

2022/10/13 15:28:03

栄福寺 大師堂

平安時代、大和・大安寺の行教上人が境内に八幡明神を勧請し勝岡八幡宮を創建したことから、神仏混合の時代もあったそうです。。
明治時代の神仏分離令により、栄福寺は現在地に移されました。
大師堂は、その際に府頭山の山頂からそのまま移設されたそうです。



へんろ小屋

2022/10/13 16:07:40

へんろ小屋

まだ少し時間があるので、58番札所仙遊寺へ向かうことにしました。
工事中で迂回する必要がありました。
途中にへんろ小屋があったので、この先の上り坂を克服するために休憩していました。



58番札所 仙遊寺

2022/10/13 16:21:10

58番札所 仙遊寺

山門は本堂よりもかなり下の方にありました。
キツイ上り坂で、ここまで来るのに、かなり足を使っています。
本堂までは、今まで以上の上り坂でした。



仙遊寺 本堂

2022/10/13 16:54:51

仙遊寺 本堂

何度も休憩しながら、ようやく到着しました。
あまりの急坂に、悲鳴をあげたくなる程でした。
仙遊寺は海抜300mの作礼山の山頂にあり、地元では「おされさん」と親しまれています。
飛鳥時代に天智天皇勅願で伊予の国守・越智守興が建立したと言われています。
後に荒廃したて寺を弘法大師がが再興したと伝えられます。



仙遊寺 大師堂

2022/10/13 16:54:51

仙遊寺 大師堂

境内からは、今治市街と瀬戸内海が一望することができました。
温泉付きの宿坊もあるようです。
納経時間ギリギリに着いたのに、お寺の方と世間話で盛り上がってしまいました。
今日は、伊予富田駅近くまで遍路道を進み、今治駅前のホテルへと向かいます。